2012年3月27日火曜日

人間が出す答えは常に流動的

人がその場その場で導き出す答えは、
変化する。

これはどんなささいな問題でもそうだ。

しかも、全世界の人達がそれらを同時期に同時に行っている。

なぜ人間が出す答えは変化するのか?
先にいっておくと、この文章が導き出す結論も善にもなり、悪にもなる。

例えば動物なら、腹が減ったら飯を食い、強い敵からは逃げ、弱い敵は迷わず殺す。

ところが人間は本能のままに動くことはできない。

例えをいうとムカついた上司がいたからといってその上司を殺すことはできない。

しかも職場によって、その人が育った環境、出会ってきた人、よく親しんできた情報も異なる。

過去の自分の経験、現在の自分の情報、他人の情報、他人の過去の経験、世間の常識などが複雑にからまった上で、その上司への対応への答えを自分自身で導き出さなければならない。

あらゆる感情と価値観と経験と情報を統合して、一つの答えを出す。

あなたが今悩んでる内容はなんだろうか?

その悩みの答えは、この世のどこかに必ずある。

しかし同時に答えを見つけるまでの苦労は覚悟しないといけない。

どんな小さな悩みでも、その答えを出すには苦労は覚悟するしかない。

でも必ずどこかにある。

それは身近な人の助言かもしれない、
ネットの情報かもしれない、過去の経験から答えを出すかもしれない、占いに頼るかもしれない、宗教に頼るかもしれない、ビジネス書の中にあるかもしれない、ふと目にしたものが答えになるかもしれない。

絶対的な答えは無いとよく言われたり、あの情報がダメ、あの本がダメと降りわまして自分が正しいと豪語する人がいるが、絶対的な答えはある。

それはあなたが、心の底から納得できたり、心の底から感動できたり、文句無しに完璧に物事がうまくいったりしたときだ。

それを見つけた人がどんな情報でその満足感を得たかはわからないが、
その情報を否定することができるだろうか?

その人が心の底から信じて感動した物事や情報を否定することなどできるのか?

それは他から見れば怪しい宗教かもしれないし、道端のしょーもないチラシかもしれない。

でも俺は、その人がこころから納得した情報を否定することはできない。

そして否定する人が許せない。

人は常に自分自身が完全に納得いくものを探さないといけない。

そしてその答えが見つかるまでの長い苦労は覚悟しないといけない。





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